日出づる国の片隅で。

本の話から日常の話まで

田中角栄の昭和

歴代総理の中でも最も特異な人物であった田中角栄。東大京大などの一流大学卒、官僚出身などエリート揃いの中で、小学校卒業後、単身上京。自ら現場に出て働きながら土木学校に通う。20歳を前にして建築事務所を設立。その後、徴兵にかかり満洲へ。野戦病院に入院して内地送還。太平洋戦争が始まり戦火が広がるなかで事務所設立、株式会社へ組織変更するなど事業家として活動。戦後、衆議院議員に初当選するも炭鉱国管汚職により逮捕。拘置所から立候補して再選。自由民主党結党に参加。郵政、大蔵、通産大臣を歴任。佐藤派から田中派が分離独立。「日本列島改造論」で一世を風靡し、自由民主党総裁内閣総理大臣に。日中国交正常化をうたう共同声明に調印。そしてロッキード事件発覚、逮捕。脳梗塞で倒れ入院、政界引退・・・と激動の人生を歩んだ。コンピューター付ブルドーザーや闇将軍、キングメーカーなど数々の異名があり、政治理念や信念など一切なく欲望むき出しに突き進んだ金権政治の象徴、戦後昭和そのものを代表する政治家であったのではないだろうか。